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生徒・保護者様に寄り添いながら、学力向上を果たしていきます

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塾長コラムJukucho Column





【第3編】 塾生徒とともに








「学力の差」 というのは、一体どこから生まれてくるのでしょうか?

2015年11月28日

私はこれまでの間、多くの生徒指導に携わってきて、
不思議な光景をたくさん目にしてきました。
そのひとつに、成績は必ずしも良いとは言えないけれど、
勉強以外のことに関しては、こちらが驚くほど詳しい生徒さんたちを見てきました。

例えば、携帯電話の3G回線(第3世代携帯電話システム)について、私に詳しく説明をしてくれる生徒さんや、私の知らない小説のシリーズを熱心に説明してくれる生徒さん、また、通われている学校の先生方の特徴などを、ユーモアを交えながらしかも詳細に教えてくれる生徒さんなど、過去にたくさんいました。
もちろん、現在も、いろいろなことを教えてくれる生徒さんたちがたくさんいます。

私は人と話すのが大好きな人間ですので、生徒さんたちとの会話を、いつもとても楽しみにしています。
でも、そんな私にも、過去に悩んだことが幾度と無くあります。

「あの生徒さんは、勉強以外のことに関してはあんなに詳しいのに、なぜ勉強になると、なかなか成果が出ないのだろう…」

世の中では、
 頭の回転が早い人は 「頭が良い」
 記憶力が良い人は 「頭が良い」
などの表現をするのが、ごく一般的だと思います。
インターネットで検索しても、そのような情報はおそらく山のように出てくることでしょう。
でも、そのような情報は、私はあまり信用しないことにしています。
なぜならば、そのような情報だけでは、私の目の前で発生していた光景を、説明することが出来ないからです。


率直に申し上げて、 「頭が良い」 という表現は、あまり適切ではないと私は思うのです。
なぜならば、私がこれまでの間に出会ってきた生徒さんたちは、みんな頭の回転は速かったですし、記憶力も良い生徒さんたちが多かったです。
私と生徒さんとの間で、口答試験を頻繁に行なっていましたので、そのことが良く分かりました。
言うまでもありませんが、現在も素晴らしい生徒さんたちがたくさんいます!!!


(前置きは長くなりましたが、ここから本題に入ります…)


では、「頭が良い」 という表現が適切ではないとしたら、「学力の差」 というのは、一体どこから生まれてくるのでしょうか?


それは、 「心掛けの差」 から生まれてくる と私はみています。


例を申し上げると、定期テストが近づいてくると、私は生徒さんたちに、「人間の記憶力はあてにならないから、定期テスト本番までの間に、何度も繰り返し確認しましょう。」 と呼びかけます。
成績優秀者たちにとってみれば、毎度毎度のルーティンワークなので、この作業には慣れています。
一方で、それまで成績が芳しくなかった生徒さんたちは、最初は戸惑う生徒さんもいるのですが、私が言ったことをしっかりと受け止めて、準備をしてくれる生徒さんも中にはいます。
そのような生徒さんたちは、みんな、しっかりと成績が上がっていくのです!!!
私からはあまり 「努力」 という言葉を使いたくはありませんが、生徒さんの立場からすれば、間違いなく 「努力」 されたことでしょう。

生徒さんたちの中で、私が言ったことをしっかりと聞き入れてくれて、それを生徒さんたちの心の中に、しっかりと気に掛けて(覚えて)くれたお陰だと思うのです。
まさしく 「心掛け」 の精神だと思います。

もし、世の中でテストの点数が落ち込んでいる方がいらっしゃったとしても、それをご自身の理解力のせいにしてしまうのは、少し慎重さを欠く行動なのでは、と私は思います。
理解力を問う前に、今一度、日頃の学校生活において、しっかりと心掛けがなされているかどうか
(例えば、学校の提出物や課題を、期限通りに出せているかなど)
まずは、ご自身のの足元をしっかりと見つめ直していく、そんな慎重な姿勢が大切なのではないでしょうか。





「努力しなさい」 とは言えない真実

2015年11月27日

よく世間一般で使われる言葉の中に、
「努力しなさい」
という言葉があると思います。

私はどんなことがあっても、常日頃から、
生徒さんに対してこの言葉を使わないようにしています。
その理由はいくつかあります。

まず一つ目に、「努力しなさい」 という言葉は、「苦しい」 印象を一方的に相手(生徒さん)に与えてしまうのではないか、と私は考えています。
相手(生徒さん)を苦しませることが本来の目的ではないはずです。
生徒さん自身に 「よし、これで頑張ってみよう!」
という前向きな気持ちを持ってもらうことが、本来の目的のはずです。

もし、それでも 「努力」 という言葉の方が好ましいとお考えの場合には、
「もう少し努力して欲しい」
という表現の方が、好ましいのではないでしょうか。

二つ目は、「努力する」 という言葉を使わなければいけないほど、「勉強する」 ことは困難なことなのでしょうか?
という私なりの疑問があります。

最初から、「困難なこと」 という気持ちからスタートしてしまうと、その気持ちの壁を乗り越えるのにも 「努力」 しなければいけなくなります。
「困難なこと」 という気持ちを持ち続けている限り、
「勉強」 を長続きさせることは、逆に 「困難」 になってしまうのではないでしょうか。
「苦しい、苦しい」 と思っていると、本当に苦しくなってしまいます。
逆に、「苦しい」 という気持ちのハードルを少しでも下げておけば、「意外と出来そうだ!」 と思えるチャンスも巡って来るのだと思います。


「勉強する」 という行為は、私自身、大変 尊いものだと思っています。
集中して勉強に取り組んでいる生徒さんたちは、みんな、活力に満ちた表情をしています。
勉強を 「困難なもの」 と思わずに、「頑張ってみよう!」 と思えるようなものにしていくこと
これが、勉強を長続きさせることが出来る秘訣だと 私は信じています。





算数 「単位量あたりの大きさ」 は理解力を試す絶好の単元

2015年11月12日

いま、小学5年生の生徒さんは、算数 「単位量あたりの大きさ」 の学習に取り組んでいる生徒さんが多いです。

私は、この 「単位量あたりの大きさ」 の単元は大好きです! というのも、この単元の理解度を確認することで、その生徒さんの算数の学力をおおよそ知ることが出来るからです。

「単位量あたりの大きさ」 の単元で求められる算数の力は、四則計算(足し算・引き算・掛け算・割り算)は当然のこととして、
そのほかに、
@整数と小数
A小数の掛け算
B小数の割り算
の理解力が問われます。

特に 「@整数と小数」 の単元は、意外と見落とされがちな単元ですが、とても重要です。
なぜなら、この単元の中に、L⇔dL km⇔m m⇔cm cm⇔mm kg⇔g などの単位の変換の考え方が登場してくるからです。

さらに言えば、単位の変換の考え方は、小学5年生で初めて登場する訳ではなく、なんと小学2年生の 「長さ」 「かさ」 の単元から実は登場してきます。
ですので、そのときにしっかりと学習してきた生徒さんは良いのですが、そうでない生徒さんにとっては、小学3年生から登場する 「とても長い長さ」 「重さ」 の単元でつまづいてしまうことになります。

低学年で習得する単元といえど、そこをしっかりと取り組むことが出来た生徒さんは、算数の知識の土台を構築することで、その後でどんどんと算数の知識を積み上げることが出来ます。
一方で、低学年で習得する単元を軽視してしまうと、算数の知識の土台が不充分になってしまい、その後で算数の知識を積み上げることが出来なくなってしまいます。

「勉強は嘘をつかない」 私はしみじみとそう感じています。
基礎学力をしっかりと身に付けていく、これはとても重要なことだと私は思います。





すべての子どもたちが輝ける世の中へ

2015年11月11日

「すべての子どもたちが輝ける世の中へ」

この言葉は、先月行なわれた保護者面談で、
ある保護者さまが仰られていた言葉です。
私は、迷わずこの印象的で素晴らしい言葉を自分のノートに書かせて頂いたことを覚えています。

この保護者さまのお子さまは、当塾を立ち上げてからまだ間もない頃に入塾されました。その生徒さんは、勉強面で多くの悩みや不安を抱えてのスタートでした。かなりの成績不振な状況でしたので、精神的にもとても不安定な状態でした。私と衝突する場面が幾度と無くあったことを覚えています。

課題を見つけては、それを解決するために時間を費やし、そしてそれを乗り越えた後に、また次の課題を見つけていく。その繰り返しでした。

だんだんと勉強する習慣が身に付いていき、
中学校の定期テストの点数も、少しずつ上がっていきました。そして、高校受験は無事に乗り越えることが出来ました。

高校生になってからも、引き続き当塾に通ってくださいました。中学生のときに身に付けた勉強方法で、毎回の定期テストでもしっかりと準備を重ね、そして成績は常に学年上位をキープしていました。学年順位も、学年が進むにつれて上がっていきました。

そして今月、なんとその生徒さんは指定校推薦で見事、大学合格を果たしました!

思い起こせば、その生徒さんが中学3年生ぐらいのときから、だんだんと勉強に対する姿勢に変化が現れていったことを覚えています。その生徒さん自身が妥協しなくなったというか、諦めなくなったというか、問題を解いて間違いがあれば、繰り返し問題を解くようになっていきました。そして、少しでも疑問点があれば、何度でも私のところに質問しに来ていました。

その保護者さまは、先月の面談で 「子どもとともに、私も成長させていただきました」 とも仰られていました。
素晴らしい保護者さまだと私は思います。

このような素晴らしい保護者さま、素晴らしい生徒さんの姿にまた出会えるように、これからも精進して塾の仕事に取り組んで参りたいと思います。





定規が果たす役割について

2015年11月14日

算数の問題を解く上で、定規を使用する場面は、何も図形を描くときだけではありません。

作図以外にも、例えば、割り算の筆算(小数の割り算の筆算も含む)を書くときには、筆算に必要な線を定規で描いたほうが、縦横に並ぶ数字をまっすぐきれいに、そして見やすく書くことが出来ます。そして、各桁の数字をしっかりと把握することで、各桁の計算を正しく行なうことが出来ます。
この習慣を身に付けることで、計算ミスが驚くほど少なくなります!

それ以外にも、小学3年生では 「表とぼうグラフ」 の単元があります。
ここでも、しっかりと定規を使って、ぼうグラフをきれいに描くことはとても大切です。
「ゆがんだ線を描くのはいやだ」 という意識を、低学年の頃から持たせることは、後々算数のちからを付けていく上でとても重要です。

定規を使っていくと、だんだんと定規を活用していく方法も身についていきます。定規の淵の部分は、直角になっているような定規がたくさんあると思います。生徒さんが何か悩んでいるときに、定規の端の部分が直角になっていることを生徒さんに伝えると、普段から定規を筆箱に入れている生徒さんは、何か思いついたように定規を活用し始めます。

一方で、普段から定規を使用していない生徒さんは、定規を持っていないために、その機会すら失ってしまうことになります。そのような場合には、普段から定規を使用する大切さについて、私から生徒さんにお伝えする絶好の機会になります。
(当然、その際には塾で用意している定規を一時的にお貸ししますが…)


さらに言えば、定規を使用する場面は、何も算数に限ったことではありません。
例えば、理科や社会で出てくる重要な用語や、テストに出そうな用語について、その用語にアンダーライン(下線)を引くときにも、定規を使うほうが好ましいと思います。
しっかりと定規を使って線を引くことで、「ここからここまで覚えるぞ!」 という意識も生まれてきますので。

また、小学生に限らず、中学生や高校生の生徒さんの学校の課題をたまに拝見するときがあるのですが、しっかりと学業に取り組むことが出来ている生徒さんは、字や線などもしっかりと書くことが出来ている生徒さんが多いです。

一見すると、当たり前のように感じられるかもしれませんが、この当たり前と思われる行動を普段からしっかりと繰り返していくことが大切なのではないでしょうか。