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『生徒の気持ち』 をじっくりと考えて 『生徒の輝かしい未来』 を創造します

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〒164-0013 東京都中野区弥生町2-20-11
メゾンラメール1階

がんばって考えて何とかして答えまでたどり着いた“その瞬間”というのは、人間はとてもうれしい気持ちになります。「僕って、何てすごいんだ!」 「私って、何てすごいのかしら!」その先に待ち受けているのは、きっと、自分への“自信”なのでしょう。少し難しい表現を使えば、“自尊心”という言葉がふさわしいと思います。「自信・自尊心」という気持ちを自分の手でつかみ取るために、どうしても“やらなければならない”ことは何か? その答えが、生徒たちの「勉強を“やりたい” 」 という言葉に凝縮されていると感じています。



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【Step.1】 「勉強を ”やらなければならない”」 は本当ですか?

 いま、このホームページをご覧になられているみなさまの中には、勉強に不安を抱えているお子様をお持ちの保護者さま、受験勉強をさせたいと思っている保護者さま、あるいは勉強に対してなかなかやる気が出ないと感じている生徒のかた、もっと勉強を頑張りたいと思っている生徒のかた、さまざまなかたがいらっしゃると思います。

 いきなりですが、私からみなさまに質問です。
 「勉強を “やらなければならない” は本当だと思いますか?」

 こんな質問をすると、保護者さまからは、
 「生徒に勉強をやらせるのが塾の役目でしょ?」
 という、お叱りの声が聞こえてきそうです。

 突然こんな質問をしておいてなんですが…、おっしゃるとおりだと思います。
 ご指摘のとおり、生徒に勉強をさせるのが塾の役割です。勉強をさせて、生徒の成績を向上させることが、塾の最大の使命でもあります。続けて、こんな声が聞こえてきそうです。
 「じゃあ、なぜそんな “あたりまえ” なことを わざわざ質問したのよ!」

 実は今回みなさまに、あえてこの質問を投げ掛けたのは、“やらなければならない” という言葉の持つ意味について、真剣に考えていただきたいと思ったからです。 “やらなければならない” という言葉は、 “義務や規則” の意味があります。確かに、“勉強する” ことは大切で、自分の人生を豊かにするためには必ず必要なことです。そのため、必要不可欠という意味で、“義務や規則” は適切な表現かもしれません。

 また一方で、勉強をやらなかった、または勉強が不十分で成績が下がった場合には、何らかのペナルティが課されることが多いはずです。例えば補習授業に参加させられたり、再テストが行なわれたり。このことは、「義務・規則に反した場合には罰を与えられる」ことと無関係ではないはずです。特に意識しなくても、 “やらなければならない” という言葉の持つ意味を考えると、なかば当然のように感じられることでしょう。

 しかしそうは言っても、 “やらなければならない” という表現に、私は強い違和感を覚えるのです。




【Step.2】 「やらなければならない」 は正しい表現ですか?

 ここで私がみなさまにお伝えしたいことは、“やらなければならない” という言葉を使うと、どうしてもストレスや不満を連想させてしまう表現になってしまうという事実です。分かりやすく具体例をあげて説明します。
 「運動を “やらなければならない”」
 「音楽を “やらなければならない”」
 「ゲームを “やらなければならない”」

 どうですか? 本来、運動をやること、音楽をやること、ゲームをやることは、それ自体は楽しいはずなのに、“やらなければならない” という言葉を使ってしまうと、言葉の印象がまるで変わってしまいます。何かつまらないことでもやるかのような表現になってしまいますよね? きっと正しい表現は、
 「運動を “やりたい”」
 「音楽を “やりたい”」
 「ゲームを “やりたい”」
のはずです。

 同じように、“勉強” という言葉にもあてはまると思います。
 「勉強を “やらなければならない” 」と表現してしまうと、どうしてもストレスや不満の原因になってしまいます。私が一番恐れていることは、生徒が勉強に対してストレスを感じてしまうと、その後、勉強に対して受け身の姿勢になる危険性があるということです。誤解のないように説明をすると、“受け身の姿勢” とは、知識を身につける場面において積極的ではないという意味です。つまり、誰かから「〜について考えなさい」と命令されるまでは、自分から積極的に考えようとしない状態のことをいいます。
 受け身の姿勢ほど怖い敵は存在しません。なぜなら、その状態が続いてしまうと、やがては “知識を吸収したい” という意欲や、“良い点数を取りたい” という欲求にも背を向けることになるからです。つまり、受け身の姿勢は、学習意欲の低下に直結するかもしれないとても深刻な症状なのです。しかも、その敵は生徒自身の中に潜んでいるのですから、いつ自己嫌悪に陥ってもおかしくはありません。なおさら厄介です。

 つまり、“やらなければならない” と表現してしまうと、“勉強する” という行為そのものに “苦しい”、“つまらない” というイメージを植えつけてしまいます。このことが、“やらなければならない” という表現に、私が違和感を覚える一番の理由です。

 したがって、「勉強を “やらなければならない” 」 は “適切な表現ではない” と思います。
 正しい表現は、「勉強を “やりたい” 」 です。




【Step.3】 「勉強を ”やりたい”」 が人間の本当の気持ち

 でも中には、 
 「勉強を “やりたい” という表現が正しいことは分かった。でも、“勉強” ってそもそも楽しいことではないよね。」
 とおっしゃる保護者さまもおられることでしょう。

 そのお気持ち、私も痛いほどよく分かります。というのも、私も長い間、ずっとそのように思っていたからです。「あの生徒にはもっと頑張って欲しいけど、勉強を積極的にやりたい、っていう雰囲気でもないしなあ。どうしようかなあ。そもそも “楽しくもない勉強” にどうやって取り組ませていけばいいのか…」と途方に暮れた場面は、過去に一度や二度ではありませんでした。

 しかし、たくさんの生徒を指導していく中で、私の考え方にも少しずつ変化が生じてきました。そしてついに、私はある事実に気付かされました。それは、「成績が伸び悩んでいる生徒ほど、自分自身の弱点を良く知っていて、客観的に分析することが出来ている。そして、“成績を上げたい” “勉強をやりたい” と心の奥底で強く感じている」、ということです。

 おそらく、その生徒の立場に立って考えてみると、「自分の弱点は分かっているんだけど、それを正直に周囲の大人に話すと、“そんなことも分からないの?” と言われそうだしな。変なことを言われるぐらいだったらこのまま黙っておこう」と思っているに違いありません。また、そんな生徒を見守っている周囲の大人たちは、「あの生徒は成績が落ち込んでいるにも関わらず、自分から積極的に動こうとはしていない。黙ったままだし…。ひょっとしてやる気がないのかな。」と心配するかもしれません。心配してくれる大人ならまだ良いのですが、中には「なんてやる気のない生徒なんだ」と不満に感じる大人が出てくることも十分に考えられます。もし大人がこのように感じてしまったのなら、生徒に対する態度にも変化があらわれてくるでしょう。しかも大変残念なことに、そのような不満から生じる態度というのは、生徒のやる気を無くさせるような行動や言動が多いものです。

 これは非常に悲しいことです。
 私は何としてでも、そのような生徒を救ってあげたい。
 生徒からしてみれば、「勉強を “やりたい” 」が本当の気持ちなのですから。




【Step.4】 「勉強は ”楽しい”」 よりも 
「勉強を ”やりたい”」 が人間の本当のすがた

 私はこれまでの間、たくさんの生徒を指導してきました。勉強に対して自信をもっている生徒、いまひとつ自信がもてない生徒、成績が伸び悩んでいる生徒、本当にさまざまな生徒がいました。しかしその中の誰一人として、「勉強が楽しくて楽しくて毎日わくわくします」という生徒はいませんでした。私の学生時代を振り返ってみても、そのような上級生・同級生・下級生がいた記憶はありません。

 それでも、勉強に夢中になって取り組んでいる生徒の姿を、私は毎日この塾で見ています。こちらから「勉強は楽しい?」と問いかけても、「楽しい」と答える生徒は誰一人としていません。しかし、そんな生徒たちでも、「勉強は “やりたい?” それとも “やりたくない?” 」と問いかけると、強い口調ではっきりと「勉強を “やりたい” 」と必ず答えます。

 でも、それで良いのではないでしょうか。
 むしろ、それが人間の本当のすがたといえるのではないでしょうか。

 きっと、“楽しい” “楽しくない” という基準で、勉強のことを考えているわけではないのです。
 「楽しいから、勉強をやりたい」 「楽しくないから、勉強をやりたくない」 というような単純な思考回路で、物事を判断しているわけでもないのです。

 がんばって考えて何とかして答えまでたどり着いた “その瞬間” というのは、人間はとてもうれしい気持ちになります。「僕って、何てすごいんだ!」「私って、何てすごいのかしら!」 その先に待ち受けているのは、きっと、自分への “自信” なのでしょう。 少し難しい表現を使えば、“自尊心” という言葉がふさわしいと思います。 “自尊心” とは「自分自身を価値あるものと認め、自分自身を大切にする気持ち」という意味です。

 「その “自尊心” “自信” という気持ちを自分の手でつかみ取るために、どうしても “やらなければならない” ことは何か?」
 
 その答えが、生徒たちの「勉強を “やりたい” 」という言葉に凝縮(ぎょうしゅく)されていると感じています。




【Step.5】 こんなにも違う 
「やらなければいけない」 と 「やりたい」 の差

 「勉強を “やらなければならない” 」は適切な表現ではなく、「勉強を “やりたい” 」が正しい表現である、ということをこれまでに述べてきました。 最後にもう一度、“やらなければならない” という言葉と、“やりたい” という言葉の違いについて検証してみたいと思います。

 まずは、想像してみてください。
 いま、成績不振で悩んでいるA君と、同じく成績不振で悩んでいるB君がいるとします。定期テストの結果が返されたばかりで、二人ともかなり落ち込んでいます。 A君とB君には、それぞれ違う言葉で指導してみることにします。

 まずA君に対しては、
 「A君、きみは成績不振だね。でも心配いらないよ。今までの努力が足りないだけだからね。
  だから今までよりも、もっと勉強を “やらなければならないね”。 」

 続いてB君に対しては、
 「B君、きみは成績不振だね。でも心配いらないよ。今回はちょっと準備が足りなかったね。
  だから今までよりも、もっと勉強を “やりたい” と思えるようにしていこうね。」

 A君、B君に投げ掛けた言葉の違いについて、お気付きになられましたでしょうか? 
 「あまり変わらないじゃないか」 と思われたかたも多いのではないでしょうか。

 A君は、この言葉を投げ掛けられて、どう感じたでしょうか?
 「僕は、今回少しは頑張ったんだけどな。でもまだ努力が足りないのか…。
  もっと “やらなければいけないのか…”。 」

 B君は、この言葉を投げ掛けられて、どう感じたでしょうか?
 「僕は、今回少しは頑張ったんだけどな。でもちょっと準備が足りなかったんだ。
  だから今までよりも、もっと勉強を “やりたい” と思えるようにしよう。」

 両者に投げ掛けた言葉を、指導者である “私” の立場から解説してみたいと思います。
 A君に投げ掛けた言葉には、“努力が足りない” と “やらなければならない” という言葉を意図的に使っています。“努力が足りない” という言葉は、“やらなければならない” という “義務・規則” の意味をさらに強調させる、最も便利な言葉です。でも、私は口が裂けても、これらの言葉を使いません。使えないのです。なぜなら、A君のこれまでの勉強を “一方的に否定する” 印象を、A君に与えてしまうからです。A君の成績不振の責任を、すべてA君に押し付けているようにも聞こえてしまいます。A君は「もっと “やらなければならない” のかあ。自分は “できない” 人間なんだなあ…」と思うことでしょう。A君を励ますために使った言葉が、逆にA君を追い詰めてしまう言葉になってしまいます。

 一方で、B君に投げ掛けた言葉には、“準備が足りなかった” と “やりたい” という言葉を意図的に使っています。B君のこれまでの勉強を否定しないために、今回は “準備が足りなかった” という表現をあえて使っています。これは、「今回は準備が足りなかった、だから、結果がついてこなかったんだ」という印象をB君に持ってもらうためです。続いて、“やりたい” という表現を使っています。これは、「今まで自分に足りていなかった気持ちが、“やりたい” という気持ちだったんだ」という印象を持ってもらうためです。B君は、「これまでの勉強を否定された」とは思わないでしょう。むしろ、「どうやったら “やりたい” という気持ちが生まれるのだろう?」と疑問に思うでしょう。そして、「 “やりたい” という気持ちが生まれれば、“できるようになるかもしれない” 」というワクワクする気持ち、期待感を持ってもらえるのかもしれません。このように感じてもらえたのなら、ようやく指導者である “私” の出番なのです。ここからようやく、本当の “勉強” がスタートするのです。




【Step.6】 ”やる気” を科学する 最先端学習塾へようこそ

 ”やらなければならない” という言葉と、“やりたい” という言葉の違いについて述べてきました。 ここまでお読みになられたみなさまは、どのように感じられたことでしょうか?

 「なんだ、ただの言葉の使い方の違いじゃないか。自分の子どもに対して、投げ掛ける言葉を少し替えただけで成績が上がるんだったら、こんなに苦労はしないよ。勉強はそんなに甘いものではないし、自分の子どもが積極的に勉強するはずがない。」

 それとも、

 「今まで無意識のうちに、自分の子どもに “努力をしなさい” とか “勉強をやりなさい” と言い続けてきたな。でもよく考えたら、成績不振の責任を、全部子どもに押し付けてきてしまったのかもしれない。子どもの気持ちになって考えてみれば、本当は、もっと “勉強をしたい” と思っているのかもしれないな。でもどうやって勉強に取り組んでいったらよいのか、きっと分かっていないのよね。」

 私の願いとしては、保護者さまには、前者よりも後者のように考えていただきたいのです。
 子どもは、「自分はもっとできるはず」と思っているものです。そして「自分の成績が上がって、もっと人から認められたい、褒められたい」と思っているものです。当然、子どもは言葉足らずのところがありますので、自分から具体的な発言はしないのかもしれません。でも、保護者さまや指導者の役割は、子どもたちの立場に立って考えて、子どもたちの歩むべき道を一緒になって考えることだと思います。子どもの可能性は、少なくとも大人よりは確実にあります。なぜなら勉強をする時間がまだ残されているのですから。たとえ今は成績が落ち込んでいたとしても、これからいくらでも取り戻すことが出来るチャンスが目の前に訪れることでしょう。

 私は、子どもの可能性は常に “無限大” だと思っています。
 「自分は将来 〜になりたい」という“言葉”を自分自身に毎日言い続けて、“努力” を重ねた結果、ひょっとすると近い将来本当に、「〜になれた」と胸を張って言える日がくるのかもしれません。“言葉” が人間の思考に与える影響は計り知れません。自分自身で発した言葉が、地球上で一番最初に耳に届くのは、まぎれもない自分自身なのです。たとえ大げさであっても、「声に出した言葉が “将来の自分” を創造する」と表現しても、言い過ぎではないと思います。
 
 ここまで述べてきたことは、この塾で取り組んでいる中で私が感じたことのほんの一部分です。
 「 “言葉” を通じて生徒の “やる気” を引き出し、勉強を “やりたい” という気持ちにさせる」
 そして、その先に待ち受けていることは、
 「今、どの科目の、どの単元に苦手意識があるのか」
 「定期テストまでにあと残り何日間あって、いつまでに何をするのか」
 「〜の学校を受験するためには、ここから先何をやっていくのか」
 それぞれについてよく考えて、やるべきことを生徒と一緒に “決めていく” ということです。

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